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TOP  >  ブログ  >  建築屋のはるちゃん  >  今日はなんの日  >  11月2日今日はなんの日【超音速旅客機コンコルド製造中止】
2011
11月 2
(水)
00:30
11月2日今日はなんの日【超音速旅客機コンコルド製造中止】
本文
&font(180%,,#c0c0c0){''時代遅れ・・・''};

&ref(300px-Concorde.planview.arp.jpg,mw:250);

1976年 - 超音速旅客機コンコルドの製造中止が決定。

イギリスのBACとフランスのシュド・アビアシオンなどが
共同で開発した超音速旅客機。初飛行は1969年3月1日。原
型機4機を含め、20機が製造された。高度5万5,000~6万フ
ィートという、通常の旅客機の飛行高度の2倍もの高度を、
マッハ2.0で飛行した。


定期国際運航路線をもっていた唯一の超音速民間旅客機
でもあった。開発当時は、世界中から発注があったものの、
ソニックブームなどの環境問題、開発の遅滞やそれに伴う
価格の高騰、また大量輸送と低コスト化の流れを受けてそ
の多くがキャンセルとなった。特にニューヨーク便就航に際
しては激しい反対運動が展開され、法廷闘争にまでいたった


最終的にはエールフランスとブリティッシュ・エアウェイズ
の2社のみによる就航に留まる。2000年7月25日に発生した
墜落事故、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ
によって、低迷していた航空需要下での収益性改善が望めな
くなった事で、2003年5月にエールフランス、同年10月24日に
ブリティッシュ・エアウェイズが営業飛行を終了、2003年11月
26日のヒースロー空港着陸をもって全機が退役した。

超音速飛行を追求した美しいデザインや、ほぼ唯一の超音速
旅客機だったこともあり、現在でも根強い人気を持つ。
歴史 [編集]

商業的失敗 [編集]
コンコルドから降機するイギリスのエリザベス2世女王とエ
ディンバラ公英仏以外に日本航空やパンアメリカン航空、ル
フトハンザドイツ航空などの各国のフラッグキャリアもコン
コルドを発注していたが、下記の理由により最終的には購入
がキャンセルされた。

開発当時は「250機で採算ラインに乗る」ともいわれたものの、
その後追加注文もなく、1976年11月2日に製造中止が決定され
た。最終的に開発当事国の航空会社向けに16機(これ以外に原
型機が4機)のみが製造されたにとどまり、コンコルドは商業的
には失敗に終わった。その背景として以下のようなものがある。

通常よりも長い滑走距離を必要とすること、またその騒音およ
びソニックブームの影響を受けないために航路や乗り入れ先
を選ぶコンコルドは、限られた航路に就航できたにすぎなかっ
た。さらに「ソニックブームを発生させるため」との理由でアメ
リカをはじめとするいくつかの国では、超音速飛行を海上でし
か認めなかった。

また、アメリカのジョン・F・ケネディ国際空港への離着陸が認め
られるまでにも、裁判による決着を要した。飛行距離が短いのに
加えて上記の諸事情から、大西洋は飛び越せても、途中給油無し
で太平洋を越えられず、日本など東アジアでは路線を開拓でき
なかった。

乗客の定員が100人と少なく、運賃はファーストクラスの約20%
増し[1]と高額であったため、乗客は大企業の役員や政治家、タレ
ントなど一部の層に限定されていた。経済的にも収益が上がら
ない上、オイルショックによる燃料価格の高騰がこれに拍車を
かけた。

旅客機による飛行がエグゼクティブ層向けのサービスから、運
賃が安くなることで今まで飛行機には乗れなかった層まで飛
行機に乗れるようになり大衆向けへと広がるにつれ、航空業界
はジャンボジェットのように低コストでかつ大量輸送が可能な
機体を重視するようになった。

これらの理由により、最終的にエールフランスとブリティッシュ
・エアウェイズの2社のみによる就航にとどまった上、1990年代
には需要、収益性の高い大西洋横断路線への定期運行に集約さ
れたが、これらの定期便は飛行時間短縮を望む富裕層や準富裕
層顧客を中心に利用されたほか、余剰機材も団体客向けのチャ
ーター便や、英仏両国の政府専用機としてチャーターされ利用
された。

わずか2社により十数機が使用されていたのみだが人気を博し
たため、エールフランスとブリティッシュ・エアウェイズの2社と
もに両社のイメージリーダーとして各種広告に使用した。さら
に高い人気を受けて、1990年代後半には、21世紀に入っても継続
使用できるように様々な近代化改修を行うことも検討された。

終焉 [編集]
ロンドン・ヒースロー空港からブリストルへのコンコルドの最終飛行
2003年11月26日
2000年7月25日、エールフランス機(Model No.101、登録番号F-BTSC)が
パリのシャルル・ド・ゴール空港を離陸時に滑走路上に落ちていた金
属片により主脚のタイヤが破裂し、タイヤ片が主翼下面に当たり燃
料タンクを破損、直後に漏れ出た燃料に引火、そのまま炎上・墜落し
た。地上で巻き込まれた犠牲者を含め114人が死亡するという大惨
事となった。小さなトラブルは頻繁にあったが、1969年の初飛行以来
、大規模な事故は初めてだった。エールフランスは即日、ブリティッシ
ュ・エアウェイズもイギリスの航空当局がコンコルドの耐空証明を
取り消すことが確実視されたことにより8月15日に、運航停止を決定した。

詳細は「コンコルド墜落事故」を参照
事故調査に続いて、燃料タンクのケブラー繊維の補強、耐パンク性を
強化したミシュラン製のタイヤ、燃焼装置の隔離処理等の改修を受け
た後、2001年11月7日に運航が再開された。しかし燃費が悪く航空機関
士が必要なコックピットなど、旧式のシステムであるコンコルドの運航
はコストがかかり、直前にアメリカで発生した同時多発テロで低迷し
ていた航空需要下では収益性の改善は望み薄となった。

2003年4月10日、ブリティッシュ・エアウェイズとエールフランスは同年
10月をもってコンコルドの商用運航を停止することを発表した。エー
ルフランス機は5月、ブリティッシュ・エアウェイズ機も2003年10月24日
に最後の営業飛行を終え、後継機もなく超音速旅客機は姿を消した。
以後、民間人が航空路線で超音速飛行を体験する事は、不可能となった
。なお、航空路線でなければ、民間人向けに超音速戦闘機の体験飛行が
行われているため、超音速飛行を体験すること自体は可能ではある。

また、2011年6月20日エアバスの親会社が2050年をめどに新たな音速
を超える航空機を開発することを発表した。一時はヴァージン・アト
ランティック航空がブリティッシュ・エアウェイズのコンコルドを1機
1ポンドで買い取ると表明した。ヴァージン・アトランティック航空は
コンコルドを買い取る事に熱心だった模様で、機内販売グッズの中に
ヴァージン・アトランティック航空カラーリングのコンコルド模型を
限定販売していた。

しかし、ブリティッシュ・エアウェイズはこの申し出を拒絶した。英仏両
国で就役していたコンコルド各機は、イギリスやフランス、アメリカを
はじめとする世界各地の航空関連博物館に売却・寄贈され、今も往時の
姿を示している。以上出典ウィキペディア
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