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TOP  >  ブログ  >  建築屋のはるちゃん  >  今日はなんの日  >  11月10日今日はなんの日【第一回オートバイ日本グランプリ開催】
2011
11月 10
(木)
00:00
11月10日今日はなんの日【第一回オートバイ日本グランプリ開催】
本文
&font(180%,,#c0c0c0){''二輪マシンは日本製     ''};

&ref(300px-M_Hailwood's_Honda_RC.jpg,mw:250);

1963年 - 鈴鹿サーキットでオートバイ世界選手権
第1回日本グランプリ開催。

1963年に第1回の世界選手権日本グランプリが鈴
鹿サーキットで開催された。その後富士スピードウ
ェイでの開催も含め1967年までに5回開催された。
1987年に世界選手権が再び開催されるまでは、全日
本ロードレース選手権の鈴鹿サーキットで開催さ
れる最終戦に「日本グランプリ」の名称が使われた
時期がある。


1987年に再び鈴鹿サーキットで日本グランプリが
開催されるようになり(同年にはF1日本グランプ
リも開催されるようになった)、以後鈴鹿サーキッ
トではWGP/MotoGPとF1、両最高峰レースを開催す
るようになる。

1999年よりツインリンクもてぎと鈴鹿サーキット
の隔年開催となる。しかし初開催されたもてぎで
の開催実績が良かったことから年2回開催になり、
2000年より春に日本グランプリが鈴鹿で、秋にパ
シフィックグランプリがもてぎで開催されるよう
になった。

この2000年の日本グランプリでは地元日本勢が
125ccが1位宇井陽一、2位上田昇、3位東雅雄、250cc
が1位加藤大治郎、2位宇川徹、3位中野真矢、500ccが
1位阿部典史、3位岡田忠之と、表彰台計9ポジション
のうち8ポジションを独占する快挙を成し遂げてい
る。特に250ccは3人が絡み合うようにチェッカーを
受け、1位から3位までがわずか0秒231(4位のオリビ
エ・ジャックは約15秒離されている)という大会史に
残る大接戦であった。

2003年大会では、MotoGPクラスで加藤大治郎の死亡
事故や、アレックス・バロスやマルコ・メランドリが
大怪我を負う事故が相次いだことから鈴鹿サーキ
ットの安全性が問われ、2004年以降の同サーキット
での開催が中止、ツインリンクもてぎでの開催が日
本グランプリとなっている。なお現状MotoGPセーフ
ティー・コミッション(この2003年の事故を契機とし
て、MotoGP参加ライダーを中心に構成された安全委
員会)の求める項目を満たすにはスペース的な問題
で実現がかなり困難である上、この年にFIMのグレー
ドA認定が取り消され、グレードB認定サーキットとな
った為(MotoGPの開催にはFIMグレードA認定が必要。

2011年現在グレードA認定を受けているサーキット
はもてぎのみである)鈴鹿サーキットでの日本GP開
催は現状ほぼ不可能な状況であるといえる。
2010年大会は、当初の予定では4月23 - 25日に第2戦と
して開催予定だったが、アイスランドのエイヤフィヤ
ットラヨークトルの噴火によって大規模な空路封鎖
が発生し、ライダーやチーム関係者の移動が困難に
なったため、10月1 - 3日に開催が延期された[1]。

翌2011年の大会は4月22 - 24日に第3戦として開催予
定だったが、東北地方太平洋沖地震の影響で9月30日

- 10月2日に延期されることとなった[2]。ただし2011年
8月現在、バレンティーノ・ロッシやホルヘ・ロレンゾ、
ケーシー・ストーナーなど、MotoGPクラスの有力ライ
ダーは福島第一原子力発電所事故による放射能の影
響を懸念してレースをボイコットする姿勢を崩して
おらず[3]、レース中止の可能性も残されている。
以上出典ウィキペディア
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